シュレディンガーの同級生

広告

私が何百回もしつこく思っていることなのだけれど、昔の知人はみんな死んでいるっていうことだ。
私は、人生をやり直すつもりで東京に出てきた。
関西にいたときの、同級生や知人には一切連絡を取っておらず、SNSもやってないから、今みんながどうしているかも知らない。
生きているか死んでいるかわからないのである。
そんな状態がずっと続いて思ってしまったことは、
生きているか死んでいるか分からなければ死んだも同然
ということ。

東京で休暇明けの職場の人によく聞かれる質問一位が「地元の友達とは会ったりするの?」だ。
「全く会わないし、会う予定もないし、会いたいと思わないし、会いたいと思われないし。」と状況を客観的に説明するよりも「みんな死にました」
と言ってしまいたい。み〜んな、いいヤツだった。多分天国にいるよとね。
昔の友人から連絡が来て、勇気を出して会うというのを何回かやったことがあるが、いい思い出でもなんでもなかった。
あの人達が私のことを「どうしてたかずっと気になってたんだよ〜」というのは、
「あいつ、不幸なまんまだな」っていうのを知って安心したいだけだったのである。
別に彼女たちが自分と比べてめちゃくちゃ成功してるとか、自分が落ちぶれたということはない。
彼女たちは、自分と同じ階層の人間と比べてちょっと勝っていると感じて満たされたいのだろう。
どうして、昔の私はそれに気が付かなかったのだろう。のこのこ会いに行ってしまったのだろう。
後悔ばかりが残る。そんなくだらん満足感を満たすために、私の貴重な時間を使われては困る。


昔、シュレーディンガーという人がランダムに毒ガスが出される箱の中に猫を入れて実験をして、
「箱の中には死んだ猫がいる状態と生きている猫がいる状態がある」的なことを言ったって
科学的素養のない私でも聞いたことがある。
この話の猫と私の昔の知人は同じだ。
「箱を開けて初めて、猫が生きているか死んでいるか分かる」が通用するのであれば、
「SNSを開いて初めて、同級生が生きているか死んでいるか分かる」も通用してほしい。
私は、昔の同級生はみんな死んだって思いたい。そう思いたいからそう思うことにする。
でも、猫ちゃんは生きてる!猫ちゃんが毒ガスで死ぬのはかわいそうだから。

広告
YAMAHA

投稿者: YAMAHA

仕事・趣味・美容の三点を爆裂に頑張る女子のブログ。 会社や社会に対してキレがちです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です